メダカのひるね

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吉田山を歩く

 「もう書かないの」?「何を」?「ブログよ」、近くの友達との会話です。
 長くご無沙汰していました。今年は喜寿というおめでたい歳になり、のろりのろりではありますが行きたい所やしたい事がまだまだありますので、やはり少しづつ記録しておこうかなと・・・友達に背中を押されてまたまた出てまいりました。本年もよろしくお願いいたします。

 暖かな節分の日、市バス京大正門前から吉田神社経由で吉田山に登ってきました。
 
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節分祭で賑う神社の石段を上がり右手に屋台の並ぶ坂を登ること数分で大元宮に着きます。
 
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先を急ぐので簡単にお参りを済ませて登りはじめます。間なしにお稲荷さんの鳥居が見え左側に児童公園がありました。公園の中を抜けて簡易舗装のなだらかな道を数歩も行けば、「あれかな」?「あった」!憧れの ♪紅もゆる丘の花 早緑匂ふ岸の色♪ 口ずさみながら「逍遙の歌」石碑の前で手を左右に振って拍子をとり、ちょっと感傷的になって・・・昔も今もよく歌います。
 
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続いて三等三角点の標識が。(105,12メートル) ここは山頂ではないのですが・・・
 
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 考えれば三角点の定義を全く知りません。ネットで調べてみました。

 三角測量を行う時に地表に埋定された基準点のことを三角点といい、一等から五等の等級があります。ただし、五等三角点は特殊な地域だけに存在します。「電子基準点」は、三角点と同様に経度・緯度の基準に使用されるもので、三角点の役目は終わりつつあります。
 一方、高さの基準になるのが「水準点標石」で。「基準」「一等」、「二等」水準点があります。
  一等は18㎝角、二等と三等は15㎝角、四等は12㎝角なので、少なくとも一等と四等の判別をすることはできます。
  
 落ち葉を踏みしめてしばらく登っていくと、以前から聞いていた茂庵(もあん)という人気の喫茶店に到着。
 
 
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 この2階席からの眺めは最高!だとか、入ってみたいのだけど・・・開店は11時半だというのに、店前に出してある予約表には既に20名以上の名前が書かれています。皆さん記名だけして何処にいかれたのかしら?だって途中で5人しか出会ってないのにです。
まだ40分もあるし・・・待つのはいややしさっさと退散です。吉田神社からここまで約25分位。

 いよいよ山頂です。(標高121メートル) 先客は2人連れ1組だけです。
 
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東の 大文字山は霞んではっきり見えませんが手が届きそう。持参のお芋パンを食べ10分ほど休憩、他の三方は木々に覆われて見えません。

 
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 帰りは少しきつい階段ですが最短距離と聞きましたので杖に頼って今出川通りに下りました。
さくさくとなかなかいい感じの道ですがよそ見は出来ません。うっかりしてたら、ツルっと行きますから・・・
 
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 今出川通りの鳥居です。ここから出町まで歩いて かんから でお昼を済ませてから、5歳まで住んでいた出町界隈の裏道を怪しいもののようにさ迷う。今は北村美術館や甘党の店、駐車場などになっていました。それでも微かに面影をみた感じでほっとしました。


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by sasabune-warabi | 2014-02-06 16:34

一乗寺の野仏さま

   
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 久ぶりに市バスの5番に乗って白川通りを北上、一乗寺下がり松町で下車、野仏庵に行って来ました。こちらの庵は週に3日しか公開されないので、「用事のついでに・・・」はダメな時もある。「えっ、今日は何曜日だったかな」と考えながら来なければならないのである。

 
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 湯豆腐の老舗、「順正」の創立者・古美術愛好家で知られる 「上田 堪庵」 により設立されました。

 敷地内には100体以上の石物が祀られ、「雨月物語」の作者・上田秋成ゆかりの茶室などがあります。

門は、公卿西園寺公望が新撰組に追われて、丹波須知村に身を隠した寓居の門を移したもの。        

   
   
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 玄関の鐘を付くと美しい女性が「どうぞお上がり下さい」と迎えてくださいました。誰もいらっしらない私ひとり、少々「緊張するな~」と静々と御座敷にすすみます。

座敷からの展望は、真西は左大文字の大北山から鳴滝高尾方面になるのかしら?お抹茶とお菓子の頂きながら、庵の女性とお話もゆっくりさせていただきました。

  
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 ひっそりと静まりかえった 回遊庭園の石臼などはめ込んだ坂を下りると、ずらっと小さな石仏が並ぶ。赤や黄色の落ち葉をのせてなんとも可愛らしい仏さまであります。

  
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 庵を出て急坂を上がって狸谷山お不動さんまで行こうかと思い10分ほど歩きましたが、住宅は途切れるし怖くなってきびすを返しバス停に戻りました。途中の詩仙堂や円光寺の人ごみはすべてパスしました。

   
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 野仏庵の紅葉は少し早いようでしたが、静寂の中でゆっくりと回ることが出来てよかったです。




 
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by sasabune-warabi | 2013-11-29 15:27

このごろ

  
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今月の初め、となり組の親睦小旅行に、紀州東照宮に詣てきました。正直このお社があることすら知りませんでした。日光東照宮や久能山東照宮はお参りしましたのに・・・恥かしい!

ご祭神は、東照大神・徳川家康公と 南龍大神・徳川頼宣公。

徳川頼宣公は紀州藩初代藩主、徳川家康の十男で、元和7年(1621)紀州東照宮創建者のちに、吉宗公など将軍を輩出された御三家の紀州藩のいしずえを築かれました。 
「百八段の石段の上にありますから、登れないと思われる方は下からアンして下さい、有料ですから」とガイドさんが言われた。迷った末、上がることに。

色鮮やかな本殿は、精巧な彫刻と狩野、土佐両派の絵によって荘厳された豪華さは、まさに「関西日光」の名にふさわしい。また楼門の朱塗り極彩色は関西随一といわれているそうです。


そして2、3日後 

  
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早朝窓を開けると、渡り鳥の姿が・・・毎年春までこの姿が見られます。朝は7時前には一斉に飛び立って、日暮れに輪を描いて堀に帰ってきます。お昼は保津川の辺りで遊んでいるのかも。

そして一昨日

  
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宇治太陽ヶ丘に孫の試合応援に行って来ました。里山のさらりとした紅葉がとても目に鮮やかでした。

  
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宇治川周辺を2キロほど歩いて宇治橋に、三之間からの眺めにほっと一息。

 
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立冬も過ぎ、家の前の街路樹も色づきはじめました。今夜は一番の冷え込みになるそうです。
温かくお過ごし下さい。



 
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by sasabune-warabi | 2013-11-11 14:44

銀杏と栗の実 

 
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 街路樹のイチョウの実が落ちはじめた9月下旬ごろから、あの強烈なにおいに酔いそうになりながら大きめのマスクに軍手で早朝に拾うことに今年もあいなりました。本当は銀杏アレルギーだから止めたいのですが、歩道に落ちる実はいやおうなく自転車や人に踏まれてびちゃっと潰れ、ますます悪臭を放つばかりか、歩道のタイルがそれはそれは汚くなるのです。雌樹の前の住民のわたしは耐えられない。だからと云って一日中拾っているわけに行かない。幸いに昼間は何処かのギンナン好きの方が数人いられるようで、せっせと拾ってくださる。まことにありがたいことです。
 
  10日ほどで約8㎏拾いました。

 イチョウは元来日本に野生していたものでなく、中国が原産。イチョウが何時ごろ渡来したかは不明だが、寺院の境内、とくに観音堂のあるところに老樹がしばしば見られるところから、観音像の渡来とともに僧侶によって持ち運ばれたのではないかという説がある。 
 この賜りもののギンナンを5日ほど水に浸してから、夏の間お世話になった古いスダレにざ~とあけ、水道水で肉質部分をきれいに洗い落とします。約3時間かかり、手の指が水泳の後のように皺苦茶!それに被れて炎症をおこし皮膚科にいくオマケ付きでした(笑)

 
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ベランダに干して乾燥させます。

子どものころイチョウの葉を本の栞につかうとシミがわかないと云われました。主iは洋酒のおつまみにしていました。「たくさん食べたらのぼせるよ」と私。


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里や2,3の方から栗の実をいただき、今秋3度目の渋皮煮を作りました。
 
 
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栗はひと晩、水につけます。水に付けることで鬼皮をやわらかくしてむきやすくなります。
 
 あくる日に鬼皮をむきます。栗の座(お尻の部分)の境目に包丁で浅く切り目をいれ、栗の頭に向かって鬼皮をむく。最後に座の部分をむく。面白いほどくるっとむけるのあり、手こずるのありですが、このとき渋皮に傷をつけると、煮くずれするので、慎重に行ないます。

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 鍋に栗を入れ、たっぷりの水と重曹を加えて中火でアクを取りながら4、5分ほど煮る。

煮立った鍋に水道水をいれ、少しずつ水を入れ替え冷水にしていく。栗に傷をつけないようにやさしくこすり筋などを取り除く。

 又しても栗を鍋に入れ今度は重曹を加えないで煮る。これをもう一度繰り返します。

 やっとお味付けです。栗を鍋に並べひたひたの水にグラにュー糖三分の一をいれ弱火でコトコト煮る。途中砂糖を2回ほどに分けて入れ、30分ほど煮てから、ラム酒を入れまた5分煮て出来上がり♪

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 冷めたら保存器に煮汁とともに入れ冷蔵庫に。

 栗を剥き初めてから、たっぷり半日くらいかかりましたが、好きなことをするのは少しも苦にならず、出任せの歌を唄いながら、お八つを頬張りながら、気楽にやっています。

 栗の端に歯を立てて皮をちょっとだけ剥き(弾けないように)、炭火の中で焼く熱々の焼栗が何といっても一番美味しいですが今は無理でしょう。次に好きなのがこの渋皮煮で、これからひと粒ずつ大切にいただきます。

 
 
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 ホトトギスの花


 
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by sasabune-warabi | 2013-10-14 13:14

秋をさがしに

桜の葉っぱも3枚5枚と色づき、朝夕はめっきり秋らしくなり、あの狂いそうな暑さが嘘のようです。

昨日は京都水彩 秋の写生会に初めて参加しました。うきうき、久ぶりの奈良公園です。

朝の集合はせず、個々で興福寺又は猿沢池付近で描きますが、場所を決めるのに時間がかかり、腕の荷物が重くって(結構大きなスケッチブック、絵の具、パレット、筆巻き、筆洗、それに折りたたみ椅子などなど) やっと座った所が、猿沢池から興福寺南円堂を見わたす木陰。あ!重かった。
   
  
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   興福寺南円堂と五重の塔
興福寺南円堂は、西国33札所の9番、全く開けっぴろげなお寺で、塀や囲いがなくどの方角からでもお参りが出来る、街中でこんなお寺は珍しいのでは。
子規の句 松風や 囲いもなくて 興福寺
重い荷物を置いといて近くの商店にお昼の買出しに行く。お弁当を作ったんだけど、手提げもリュックも入る隙なし状態でしたから・・・

描く風景を見ながらおにぎりを食べ終わり、ハイ始動です。
時々ふらっとお上手方の絵を覗きに廻り、その度に落ち込む。皆さん上手やもん!

  
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  奈良県庁
  
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2枚とも会員さんの作品です。私の絵はアップできるものではないです。

午後3時より県庁前の公園で研究会(批評会)芝生に個々の絵を並べて水彩会の会長さんがひとりずつ丁寧に講評してくださいました。これがまた和気あいあい笑いが止まりません。
  
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ちらほら紅葉の混ざる若草山や奈良ホテルの作品も多かったです。次回もぜひ参加しょうと♪

往復近鉄特急の快適なミニ旅で、背中の奈良漬けのいい香りに、お腹がすきました。


  
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  フジバカマ

  
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by sasabune-warabi | 2013-09-30 14:51

丹の風

 
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 はじめまして こんにちは~ 、明智かめまる でございます。

生まれ  天正元年(1573年)10月23日 (人間の年齢にすると7歳暗いらしい)
住 所  京都府K市南郷池 (丹波亀山城跡)
性 別  男の子
性 格  優しい (保津川に弟分が多くいる)
特 徴  亀の甲羅を兜に日々武道に励み、丹波亀山城址を守っている。
趣 味  武道稽古のあと 「湯の花温泉」につかること。
好きな花 桔梗 (花言葉は 「誠実な愛」「変わらぬ愛」と言われている)

丹波亀山城に住む「明智かめまる」は、丹波亀山を治めた名君・明智光秀公のあつい信頼を受け、天正と平成を行き来しながら、それぞれの時代の民たちの人気ものになっています。
ある日、平成の世に来ているかめまるが、南郷池を散歩していると、光秀公からメッセージが入ります。「かめまるよ、元気にしておるか。私は丹波を平定し終わり、優秀な家臣に命じて亀山城と城下の整備に取り掛かっているところじゃ・・・さてさてこの物語はどのように進展していくでしょうか・・・
 
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明智かめまる君は7月28日に世界文化遺産の富士山頂に立ちました。商工会青年部のメンバー17人でK市のPRのために登り「日本で一番高い場所でPRしてきたよー」とちょっぴり誇らしげだったという。この日のために愛宕山や牛松山などで登山の練習を重ねた。
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そして今年も「ゆるキャラグランプリ」に参戦する。ちなみに去年大会は1万1635票で全865体中96位、府内では「まゆまろ」に次ぐ2位でした。富士山頂に立った勢いで何処まで追い上げられるかな。 
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明智かめまる君は色々の方面で頑張っているよ。バイクのナンバープレイトもかわいいし、わたしもルーペやストラップなどかめまる君の小物を愛用しています。

今朝の新聞に市が市販している水道水に、かめまるを描いた「保津川のめぐみ」がペットボトルに。と載っていました。この地の水は、以前から国が調査した「美味しい水」に認定されています。

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         (写真は京都新聞、亀岡市マップからお借りしました。) 
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今日も明日も明智かめまるは、多くの子ども達に夢を与え続けています♪
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by sasabune-warabi | 2013-09-05 12:15

駿河湾の風

 
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メダカ婆さんも夏休みをいただきました。
早速行きたかった静岡県立美術館に走ります。朝、7時45分発のひかり号で。京都では曇り、ほほほ、東に行くほど青空が広がりいい旅立ちです。
申し込み時にE席がとれたのでラッキー!車窓に次々に渡る大川も見たいしお城の櫓も見つけたい、山も湖もと、なかなか忙しい。浜名湖を過ぎるとまっ緑の茶畑広がり静岡に入ったことがわかります。

今年の静岡は世界遺産で熱いことでしょう。列車は滑るように静岡駅に着きました。私はここから普通で2駅先の草薙駅で下車し、ワンコインバスで県立美術館に着きました。(上、美術館への道)

 
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『夏目漱石の美術世界』展を観にきました。
夏目漱石(1867~1916)は『我輩ハ猫デアル』『こころ』といった多くの名作を通じ、近代日本を代表する作家として親しまれています。
幼い頃から絵が好きだった漱石は美術にも造詣が深く、さまざまな美術作品を自らの文学に取り入れていました。今回の展覧会では、漱石の文学作品や美術批評に登場する美術家たちの作品を可能な限り紹介します。(中略) また漱石は漢詩の優れた素養を背景に多くの南画山水を描いています。これら漱石自筆の絵画から漱石が描いた理想の境地に迫るとともに、漱石愛蔵の美術書などの資料紹介、あるいは漱石没後にその文学作品をイメージソースとして製作された絵画も展示します。
本展はいわば、漱石を案内人として美術を鑑賞する展覧会、この贅沢な時間をぜひご堪能下さい。
(パンフレットから)
 
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《草枕絵巻》より 山本丘人「水上のオフェリア」
 
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漱石の作品の中で触れられている絵は、その一節が
紹介されています。「金枝」は『坊ちゃん』のターナー島のくだりです。

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展示作品は週ごとに入れ替えがあるそうですが、170点余りの作品をゆっくり鑑賞できました。会場もほどほどの人で、重なって見難いこともなくいい具合でした。美術館は日傘も鞄につけた小さな鈴もダメで、もちろん写真撮影は厳禁。見張りの職員さんの多いこと。


私自身、高校時代から今までに「三四郎」「我輩は~」「坊ちゃん」「こころ」「明暗」など読みましたが、これらはほぼ斜め読みに近いかも、今回の展覧会を観て、また読む気が出てきました。唯、字が小さいのが難儀であります。

 
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本館の裏手にロダン館があります。
 
作品のひとつ、「地獄の門」。 ロダンは、1880年にフランスの美術館の門の制作を頼まれました。このとき、3年でつくってほしいと言われましたが、ロダンはこの門の制作に夢中になり、死ぬまでの37年間ずっとつくりつづけていたため、とうとう完成しませんでした。こうして開かない門となってしまったのです。
「地獄の門」は、たくさんの像が集まってできています。ロダンが気に入ったものや、評判がよかったものは、ひとつの作品としてつくられました。

 
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本館内で睡蓮が見れるレストランで、普段は殆ど口にしない洋食をナイフとフォークでゆったりと頂きます。ほほほ、何かお金持ちになった気分じゃないですか?こうした非日常なことが旅の醍醐味ではないかなと思っています。
 
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深緑の長~い美術館の庭園を下って帰りは静岡鉄道(静鉄)の県立美術館前駅から乗り市内に出ました。

 
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(静岡鉄道・新静岡駅)
 
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静岡市は駿河湾からの風で本当に涼しい。でもでも、今年は暑いのか熱いのか人々は燃えているようでありました。


    雑記 、恥ずかしいな~
先日、小学2年生の担任の先生(傘寿)から、誰も今まで見たことのない当時の集合写真が、各々に送られてきました。嬉しいやら、恥ずかしいやらで、先生にお礼のはがきを出しました。間なしに先生から返信が届きました。

 
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「fさんは男の子と相撲をとっていた活発な女の子」なんですって、恥かしいけれど嬉しいな~♪
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by sasabune-warabi | 2013-08-03 13:37

文月の愉しみ 

   
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烏丸丸太町の画材店に画用紙を買いに行く用事があったのと、大谷大学博物館で開催されている
「伊能忠敬の日本図」の展示も観たい。それに・・・四条方面のことも心騒ぐし・・・やっぱり行こ!

連日最高気温を更新中の最中に行って来ました。

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先ずは円町から203系市バスで四条西洞院下車。真ん前の動く美術館とも称され、重量高さともに全山鉾一の大きさ。いざなぎの尊の右目から生まれた月読尊を祭る月鉾を観て、室町通りを北上します。菊水鉾、山伏山、鯉山、黒主山、役行者山の順です。

菊水鉾の鉾名は、菊の露「したたり」枕慈童(菊慈童)を呑んで七百歳の長寿を保ったという中国の故事に由来した鉾。丸みをおびた唐破風の屋根が特徴。
  
   
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菊水鉾への献上菓子として作られた「したたり」も後で買いに行きます。実は鉾もさることながら、私食いしん坊だし、祇園祭の由われあるお菓子を買うのが楽しみのひとつなのです。「したたり」を食したし七百歳も夢じゃないかも・・・♪
 
(「したたり」菓子は高倉通り蛸薬師上ルの「亀廣永」で販売されています。)

菊水鉾から3つ目の山、室町六角の黒主山では、謡曲「志賀」にちなむ大伴黒主が志賀の桜を仰ぐ姿を再現した銘菓「黒主山黒おたべ」も買いました。

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これは黒胡麻と竹炭を練りこんだ生八つ橋で、香ばしく濃厚なお味で日本茶はもちろんコーヒーにもよくあいます


このあときびすを返して四条の長刀鉾にご挨拶に行かねば? ここでは粽も何も買いません、ただ観るだけにして、錦でお昼をしました。
あまりゆっくりもしていられない、蛸薬師の亀廣永さんで「したたり」を買わねばなりません。  

さあお菓子は買えたし、次は大谷大学博物館まで行きます。

特別展「伊能忠敬の日本図」が開かれています。最初の写真です。
伊能忠敬は今の千葉県で名主の子として生まれた。50歳ごろ隠居と同時に星や暦の勉強を始める。
測量の技術や電卓のない時代に56歳から17年間全国の海岸線を自分の足で歩きとおして得意の星座測量の知識で歩幅頼りの誤差を修正したそうです。
忠敬の足跡は遠く伊豆七島にも及ぶが、残念ながら沖縄と尖閣諸島には至っていない。(k新聞から引用)

傾斜のところでも磁石が水平に図れるわんからしんという計量器も展示されていました。また義父や長女に宛てた書状の達筆なこと、まことに息を呑む展示でありました。

そうだ!画用紙 画用紙、うっかり忘れるとこだった!
地下鉄丸太町で降りて画材屋さんに急ぐ、遠くで稲光が・・・

今年も1ヶ月半ほどかけて、梅、らっきょう、新しょうが、みょうがなどが漬けられました。何となく心豊かに感じるこの頃です。

   
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by sasabune-warabi | 2013-07-15 20:51

昭和の風を

 
つい先日、お嫁入り道具の一つ、洋服ダンスを処分することにしました。空にしてひとりで動かしました。(力持ち・・・) 箪笥の下には赤茶けた昭和63年2月6日のK新聞紙が敷いてありました。

張りきっていた手は止まり、デンとお尻をおろして読みふけってしまいました。

 
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建設省、日本道路公団が建設していた国道9号バイパスの京都市西京区大枝沓掛~亀岡市千代川間15,6キロが17日午後3時から開通する。

 
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竹下政権が発足してちょうど3ヶ月。終に二度の外遊、臨時国会をこなした竹下首相は、再開国会も竹下流で乗り切る構えだ。ここで首相の人脈、意味不明りょうな竹下語、独特の政治手法を点検し、竹下流政治を追ってみた。
歌手DAIGOは外孫かな内孫かな?

「平成」を掲げられた小渕さんはこの後だったのかな。

 
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*この人*バレンタインデー・チョコレートの仕掛け人、原邦生さん、メリーチョコレートの社長だ。バレンタインデー・フィーバー、ついに百万円のハート型純金プレゼントまで登場した。
 
昨年のチョコレートは三千七百五十億円市場。うち三千億円を明治、ロッテなど大手五社で占め、
残りを百五十社の中小メーカーが競い合う。メリーチョコレートは業界六位にランクされているが、高級品のギフトチョコでは大手を抑えトップ。

 
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*くすぐる乙女の恋心*
高島屋京都店にでっかいハート型チョコレートが正面玄関に登場。重さは五十キロと普通の板チョコ千個分。「持ち上げるのに男性4人がかり」という重さ。ナガサキヤ製。

 
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88年プロ野球 新時代の主役たち。
猛練習で勝ち取った二塁の定位置とスイッチヒッターとしては初の首位打者、正田耕三26歳(広島)
今年はその真価が問われる。

あの頃は仕事に追い回されて野球放送など観たことがありませんでした。余裕のない生活だったな。

 
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*スキー場だより* 相棒は目を皿にして見ていたことでしょう。
 
 
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*ハイ!ポーズ
北桑田郡京北町下中 田中寿里ちゃん (4歳6ヶ月) 可愛いね。今はお母さんかも。
懐かしい北桑田郡の名前。何年まで有ったのかな?

 
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MMC三菱自動車、TOYOTA,HoNDA,NISSAN,mazDa、各紙面、車の広告ばかり。まだバブル時代でしたね。

 
あっ!そうか、初孫が昭和62年の誕生だから、その翌年ね、わたしはほかほかのお祖母ちゃんだったんだな♪ 

 
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谷中生姜が手に入り久ぶりに一献しました。幸せ・・・



 
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by sasabune-warabi | 2013-06-22 16:05

古知谷の風

ずい分ご無沙汰していました。その間、毎日家に篭っていたわけではありませんが・・・


5月中頃のある日、大原古知谷の阿弥陀寺に行って来ました。
地下鉄「国際会館駅」から京都バス、小出石公民館行に乗車(約30分)「古知谷」で下車します。
バスはほぼ満員でしたが、八瀬で3,4人、大原で殆ど降りられました。私も含めて残り3人は

古知谷の手前、お寺の前で降ろしていただきました。

 
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山門です。山内に入ると両側を亭々とそびえる老樹が山を覆っていますが怖さはありません。先を見ると急な坂道が長く続いています。

 
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休みやすみ、500mほど登ったでしょうか、やっと高い石垣の上にお寺が見えてきました。
それにしても心臓が破れそうにしんどいです。もう一息!

 
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やっとつきました。靴を脱いで本堂に続く庭に咲いていました、可憐なクリンソウが・・・

 
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クリンソウは花の形が五重塔などの先端にある飾り「九輪」を思わせますね。府内で自生しているのは京都市北部に限られているそうです。カメラを構えた10人ばかりの先客がいられました。
 
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 古知谷阿弥陀寺は、慶長14年(1609)三月、弾誓上人が開基なされた如法念仏の道場です。
古知谷に入った上人は、山中深く分け入り、岩穴に住し念仏三昧の日々を送っていましたが、近江伊香立村の人達とのご縁で、この地に一寺を建立し、本尊仏としては、上人が求めつづけた人間としての理想像を草刈鎌に刻み、自身の頭髪を植え、これを本尊として本堂に安置し、寺の名前を「光明山法国院阿弥陀寺」と名付けました。
 
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本堂に安置されている仏像は、当寺開山弾誓上人の自作自像植髪の尊像です。正面右脇に安置してあるのが、重要文化財の阿弥陀如来座像で、鎌倉時代の作品で作者は不詳です。  
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クリンソウの庭の奥は石廟です。この岩窟は上人が入定される1年前に当時に終業中の僧に頼んで掘らせたものです。上人は石棺の真下に掘ってある二重の石がんに生きながら入られ「ミイラ仏」となられました。明治15年にこの石棺が収められるとき「ミイラ仏」もしたよりお出しして現在この石棺に収めてあるます
 
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往時とは異なり、六町(約654m)下の若狭街道を終日車の往来が激しい今日ですが、しかし当寺領内は、開山上人が独坐幽楼の地として選ばれた当時の霊域の趣を損なっていません。ここ洛北に秋を告げてくれるのは古知谷阿弥陀寺の紅葉の名木であります。
 
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 参道には天然記念物(樹齢800年)の老木を中心に約300近いカエデが江戸の時代から古知谷の秋を彩っているそうです。綺麗だろうな~秋にも来ようかな♪
 
 下り坂はとてもおりられそうにないので帰りはタクシーを呼んでもらいました。ヤマフジの咲く街道を大原バス停まで5,6分で着きました。
三千院も寂光院も数回訪れているので今回はパス。下の方の田圃道を歩いて大原の香りを感じ、紫蘇の収穫は済んでいましたが甘酸っぱい香りを感じながら大原を離れました。
 
 
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by sasabune-warabi | 2013-06-08 13:17